※とんかつ教室、移転のお知らせ





築地市場は移転しないけど、ロースおじさんのブログは移転するんよ。
 
 
理由としては基準値を超すベンゼンその他よからぬものがとんかつ教室から検出されたとかそういうことじゃなく、おじさんの豚生をかけて達成したいことの1つに「遍在」っちゅうのがある。あまねくある、へんたいではなくへんざい。おじさんの好きなアニメ、1998年製作の「serial experiments lain」では、すべての人間は電子ネットワークと集合的無意識でつながれており、その世界での「神」とは、時間や空間の概念を超越した“絶対的遍在性”を持って存在し続けるものであると定義されているんやけど、あ、「lain」はオープニングの曲と映像が最高だから知らない人もぜひ見てみてね。

 




 
このアニメはめちゃんこ哲学的で難解だから、おじさんのあん肝ひとかけ分の脳みそでは詳細を解説することはできないし、今、それでなくとも年末のツケ払いの清算とかで色々大変な時期だからしたくないんやけど、ともかくこのアニメを見ながらおじさんは思ったんよ。「遍在ってヤバない?」ってことに。時間や空間を超え、全ての人たちの意識の中にロースおじさんがいるとしたら、つまり年代や学区の「シバリ」を超え、すべての小学4年生の子供さんのおはようからおやすみまでを見つめる存在になれるっちゅうこと。おじさん、いるよ。そばにいるよ。お裁縫箱の中にもいるよ。
 
その大目的に近づくためには、当然ブログの境界なんて気にしていられないよね。おじさんはグーペというサービスのマスコットキャラクターでありながら、いかなるメディアにも路上にも存在し、すべての子供さんの授業参観日に駆けつける父兄であり、アルファでありオメガであり、全国の校庭の砂粒のひとつひとつであり、その砂を踏みしめる全国638万人の就学児童(国公私立合計)の未来を指向する存在になりたいんよ。だからとんかつ教室に残ったログはそのままに、今後は「ヌートン」ってメディアで記事を更新しちゃうよ。いつかみんなの行くとこ行くとこに「くまモンかな?」ってレベルの頻度で現れるよ。

 
 
本当はグーペの女性スタッフひとりひとりのメアドに、おじさんが年間で飲んだエビオス錠のExcelデータを送りつけたら干されました。皆さんさようなら。
 
 
 
  
【ロースおじさんのとんかつ教室】

新たな情報未発見メディア「ヌートン」に移転して、まだまだ続きます!
 

↓ただいま移転を記念して、ロースおじさんが10個のパーツに分裂中だよ! 切り取ってくっつけてロースおじさんを元通りのカラダに戻してあげよう!

http://nuwton.com/other/7367/
 
 






















とんかつQ&A「この世界の片隅に」

Q.
 

ロースおじさんは『この世界の片隅に』観ました? どうでした?



お名前:面科さん





A




フンッ…………………
フハァアア……………………………
ハアッ………………
………………………………
…………………………
………………………
フゥゥゥーーーーーー……………
ハァ…ハァ…ハァ…


あ、ゴメンゴメン。おじさん、『この世界の片隅に』のこと聞かれたら、肘とつま先で体を支える体勢を3分間維持する「プランクチャレンジ」でやり過ごすことにしとるんよ。というわけで、この脂ぎった吐息がおじさんの「答え」や。さよなら。


ってわけにもいかんよね、やっぱり。でもねえ……正直気が進まないんよ。『この世界の片隅に』についてなんか言おうとするとき、おじさんの眼前に重々しい扉がそびえるんよね。具体的にはキルアの実家の門ね。こじ開けるのにメチャメチャな筋力を消費するし、開ける奴のパワーによって開く扉のサイズがぜんぜん違う、みたいな。

いや、いい映画なんよ? ホントに。いわゆる辛気臭い「反戦映画」って雰囲気はぜんぜんないし、戦時下の日常をものすごく丁寧な考証と筆致で描いたコメディで、若い子でも肩肘張らずに楽しめるんやないかな。こうの史代先生の絵柄の再現もカンペキだし「のん」さんが演じる主人公のすずさんもめちゃんこ可愛くて芯が通ってて……アハァァァァーーーーーーッ! とぅんッ!!!

わかるッ!? 映画観た人なら理解(ワカ)るッ!? 今おじさんがエビ反りで「とぅんッ!!」ってなった感じ! いちばん小さい「1の扉」だけかろうじて開いて、その上に待ち構えてるでっかいでっかい扉がビクともしてないもどかしさ! 片渕須直監督はとんでもないブツを創りよったで!!

そもそもの話、「ネタバレなしのオススメ」がめちゃムズよね。おじさんが山崎賢人くんやったら映画鑑賞後のロビーで、一筋の涙を流した自撮りをアップするだけで「観に行こっ」って思わすこともできるかもしれんけど、あいにく中年の豚やからね。しこしこと文章で魅力を伝えるしかないわけや。でも、書けば書くほど作品の魅力が目減りしていくような罪悪感がおじさんを襲うんよ。困ったねえ。

ただ『この世界の片隅に』の場合、ネタバレの怖さより、未見の人に色眼鏡をかけさせてしまいそうな怖さがある。散歩してるときは目に入ってきたものが、どっかへの「移動」になると全く見えなくなることってあるやん? この映画、なんだか散歩に似たようなものを感じるんや。おじさんが『この世界の片隅に』についてヘタなこと言って、未見の人が「確認作業」みたいな感じで観るようになってしまったらマジのマジに最悪やない? それともこういうこと言ってるだけでハードル上げてる? 色眼鏡かけさせちゃってる?? 外してーー!! 急いで外してーー!! 裸眼推奨!! いますぐスレッジハンマーで頭のいろんな箇所を殴打しておじさんの記憶がちょうど消えるツボを探してーーー!!

で。まあ、ネタバレうんぬんは一般論や。どんな映画やマンガや小説にも言える。もう観た人に聞いてみたいんやけど、『この世界の片隅に』、映画鑑賞済み同士でも、感想を言い合うのにめっちゃ抵抗ない? 抵抗っていうか、勇気いらない? 劇場内が薄ら明るくなって「ああ、いい映画や、こら傑作やでぇ……」とジンワリしてから、あれこれ「良かったとこ」を具体的な言葉にしてみると「あれ? こんなもんやったっけ……」ってなるんよ。これがおじさんにとっての「1の扉」や。頭をひねりにひねって、ちっちゃい扉しか開けられない。あまりにも豊穣な世界を受け止める容積がおじさんの中にない、圧倒的な無力感ッ! 散りばめられた細かい欠片みたいなもんを、ざっくりした言葉でまとめあげることに冒涜感すら感じてしまう。

いい映画には大体、ワクワクさせるとか、泣かせるとか、笑わせるとか、観客を導く感情の指針が用意してあるよね。その流れに乗れれば「V8!」とか「ガルパンはいいぞ!」とか、感動のうねりを共有できるわけや。でも『この世界の片隅に』が導く先の感情には名前がついてないんよ。だからか、観たあと胸に残った「感じ」を持てあましてみんな途方に暮れてる気がするわ。あ、「だから他の映画より優れてる」とか言いたいわけやないで。良さがわかりやすい映画にも名作はぎょうさんあるし、ただこの映画の場合はそうだったってだけや。結局は自分で観て判断してほしいね。

……なんやかんやでペラペラ喋ってしまったわ。それにしても、「生活」って本当にかけがえのないもんや。おじさんも日々をもっと丁寧に過ごしたいわ。そんで、ゆくゆくは映画になりたいね。クラウドファンディングするから出資してくれへん? タイトルは『ブタがいた教室』。









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