ロースおじさんの5分間ミステリー「無を盗んだ豚」







★あなたには事件の謎が解けるだろうか?



【問題編】
 
 
 現場に到着した警部は周囲を見回した。「天井が低いな」と小さくつぶやく。公立小学校に足を踏み入れるなんて何年振りだろうか? これで俺に子供の一人でもいれば、授業参観で訪れる機会もあったに違いない。齢43にして独り身の警部は心の中で自嘲した。廊下を歩くと、木の匂いが警部の消えかかった少年時代の記憶を浮かび上がらせた。
 

「状況を」
 

 郷愁に浸っていては仕事にならない。警部は部下に説明を促した。

 
「このごろ多発している校舎への不法侵入です。侵入されたのは校舎2階の4-2教室であることが足跡からわかっています。時間帯は午前11時30分から12時20分の間。そのとき、児童は音楽室で授業を受けていました」
 
「その前はなんの授業だったんだ」
 
「体育の……プールの授業でした」
 
 
 警部は壁の時間割を見た。今日の予定は、国語、体育、体育、音楽、社会。
 
 
「プール、ね」
 
「容疑者はすでに上がっています。"ロースおじさん"と名乗る中年の豚です。過去にも窃盗などの前科があり、今回の足跡も豚特有のヒヅメでした。本人も侵入の容疑を認めています」
 
「それなら、何が問題なんだ」
 
「何も盗まれていないのです。過去のロースおじさんは不法侵入時に児童の私物を必ず『手みやげ』として持ち帰ってきました。しかし、今回は何も……」
 
「直前にプールの授業があったんだろう。濡れた水着でも盗まれていそうなものだが」
 
「いえ、教室内の物品には触れた形跡すら見当たりません」
 
「単にお気に召すものが見当たらなかっただけじゃあないのか」
 
  
 警部の指摘に部下は首を横に振る。
 
 
「犯行時刻の10分後に、大きな袋を抱えて走るロースおじさんの姿が近隣で発見されています。そのうえ、本人も取り調べで『ふうん……おじさんが何も持ち帰ってないと思うんやね。ま、ええんやない? それで。 国家権力の捜査力ってやつを、ちょっとばかし買いかぶってたみたいや』と挑発的に笑うんです。このまま単なる不法侵入で起訴しても、警察の威信に関わります」
 
 
 警部は教室を歩きながら頭を捻った。挑発はブラフだろうか。だが、刑事の嗅覚が「匂う」と告げていた。
 

「わかったぞ」
 
 
 彼は部下に向かって叫んだ。
 
 
「奴は確かにこの教室からあるものを盗みだした。ただし、もう戻ってはこないだろう」
 
 
 



(Q.ロースおじさんが盗んだものとは一体何だったのだろう?)

 
 

 
 
【解決編】
 
 

「いやー、刑事さん。おっしゃるとおりや。おじさん、国家権力の捜査力を見くびっとったかもしれん」
 
 
 取調室で、肥え太った豚がニコニコと笑いかける。
 
 
「大したもんやね。おじさんの盗んだものが、"プールの授業のあとのけだるい空気"だと気づくなんて、な」
 
 
 警部には一つだけ、違和感があった。それはあまりにも教室が「無臭」であるということ。プール授業後の教室には、塩素の独特な臭気が立ちこめる。授業の直後であるにもかかわらず、あの教室にはそれがなかった。不自然すぎるほど何も匂わなかった。
 
 
「そそ。今回はちょっと趣向を変えてね、革袋がパンッパンになるまで教室の空気を詰めて帰ったんやわ。何に使うって? 酸素カプセルってあるやろ、日サロマシンみたいなやつ。600万円くらいするんやけど、あの中に『小4のプール後の教室エアー』を満たせばハンパないリラクゼーション作用が期待できるとおじさん踏んだんよ。もちろん酸素カプセルは即金で買うてある。通販やから、ちょうど出所するころに届くんやないかな? 奇遇やね」
 
 
 ロースおじさんを窃盗の容疑で起訴することはできなかった。窃盗の対象に「空気」は含まれない。この豚はそこを突いたのだ。
 
 
「ところで、プール後の教室の匂いに気づくなんて、刑事さんもなかなか『ツウ』やね? 案外、根っこのところでおじさんと似とるのかもしれんね」
 
 
 苦々しい面持ちの警部に、豚は醜い笑顔を向けた。